第5章 胃粘液研究の現在とこれから【胃粘液のメカニズム】

  • 胃のメカニズム
  • 胃粘液

胃粘液バリアー

胃粘液を知れば知るほど、その不思議な役割の究明に対する尽きない興味は途絶えることはありません。

第1章から第4章まで、胃粘液は胃粘膜を守る重要な役割を担っていることをお話してきました。
ここでは胃粘液の減少が胃粘膜に与える影響について具体的に見てみましょう。
胃の中は、胃自身にとって「攻撃因子」となる胃酸や外的因子(ストレスなど)にさらされています。これらの因子に対して胃自身を守る「防御因子」としての役割を担っているのが胃粘液です。
この両者のバランスが崩れると、胃粘膜は障害を受けやすくなります。
下図は、各原因が胃粘液の分泌に与える影響と胃粘膜が傷つく度合い(潰瘍指数)を表しています。各原因によって影響の差はありますが、各原因が胃粘膜のバリアー機能を著しく低下させ、結果として胃粘膜も傷つけることになります。

img_barrier05_01


一度傷ついた胃粘膜とその回復過程について見てみましょう。
なんらかの刺激により傷ついた胃粘膜の表面は、胃粘液層が薄くなり、また胃粘膜の表面にある表層粘液細胞が破壊され、各種刺激を受けやすい状態になっています。
傷害から12時間、傷ついた胃粘膜表面の細胞は新たに生まれ変わり、胃粘膜を正常な状態へと回復する方向へと動きつつあります。この間、胃腺の奥から分泌される胃粘液中に存在する腺粘液が傷ついた胃粘膜をおおい、修復を助けます。
その後、胃粘膜の回復に合わせ、表層粘液の分泌が活発となり、胃粘膜表面をおおい、バリアーとしての機能を取り戻します。

img_barrier05_02
<イメージ図>
img_barrier05_03

胃粘液は、胃を守るバリアーとしての役割を担いますが、日常的な刺激によっても減少することが知られています。ストレス、アルコール、薬剤、胃酸、ヘリコバクター・ピロリ菌などの刺激。それ以外には、加齢による胃粘液の減少も要因のひとつに上げられます。胃は、加齢とともに萎縮し、胃本来の運動機能も低下することが知られています。その結果、胃粘液の分泌も、歳とともに低下してきます。また、慢性的な胃炎症状をもつ方の場合には、胃粘液の減少傾向がさらに強く認められています。
過去に実施された胃腸薬ユーザーアンケートの結果、40歳前後から胃もたれなどの自覚症状の経験者が増加していると推察されます。これも、胃の老化現象のひとつかも知れませんが、平均寿命が男性79.64歳、女性が86.39歳(平成22年簡易生命表:厚生労働省)時代を迎え、胃の健康を意識せざるを得ないのではないでしょうか。

今回は、胃粘液の役割についてお話してきました。最後にバリアーとしての胃粘液の役割をまとめてみます。

img_barrier05_04


・胃粘液は、胃のすべての場所でつくられ、胃粘膜表面をおおって潤滑性を保ち、摂取した食物や胃自らがつくりだす胃酸などの接触によって起こる粘膜の損傷を防ぐ。
・胃粘液は食物を包んで混和し、蠕動運動を助けて胃内における食塊の移動を容易にして胃の消化作用に寄与する。
・胃粘液中の腺粘液は、ヘリコバクター・ピロリ菌に対して抗菌作用を有し、菌の胃腺内への侵入を阻止する。
・また、炎症やこれから起こるがんを抑制し、胃の健康を保持する。

胃は、人間のエネルギーの源となる栄養素を腸で吸収しやすくするため食物を消化する重要な役割を果たしています。消化に必要な「胃酸」、食物と胃酸などを混ぜ合わせる「蠕動運動」、そして胃のバリアーとしての「胃粘液」の3つがバランスよく働いてこそ、胃は健全に働くのです。

胃粘液の研究は第1章でもご紹介したとおり、ここ20年で飛躍的に進歩してきました。それらの一部を今回ご紹介してきました。まさに、「胃粘液そのものおよび働き」の解明がテーマでした。さて、これからの研究テーマは、「胃粘液の産生、分泌、停止の仕組み」を究明することと考えています。
欧米人などと異なって、胃酸などの刺激に弱い日本人にとって、胃自らを守る生体バリアーとしての胃粘液の究明は、ますます胃が健康であるために必要な情報を得る上で不可欠なものになると思われます。

監修

木村 裕之 先生Dr_Kimura

  • 医療法人社団ファーストムーブメント
    木村メディカルクリニック 理事長・院長
    内科・胃腸科・消化器科・循環器内科・呼吸器内科・神経内科・アレルギー科

経歴:
1988年3月 慶應義塾大学医学部卒業
1988年6月 医師国家試験合格 慶應義塾大学医学部内科
1990年6月 慶應義塾大学伊勢慶應病院内科
1992年6月 慶應義塾大学医学部消化器内科
1993年8月 慶應義塾大学医学部救急部
1999年1月 慶應義塾大学医学部救急部医局長
2002年1月 慶應義塾大学医学部救急部医長
2003年10月 慶應義塾大学医学部消化器内科
2004年11月 木村メディカルクリニック開設
2007年11月 医療法人社団ファーストムーブメント設立

まとめ

Share!!