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第1章 胃粘液への尽きない興味「胃粘液の研究の歴史」
「健康な胃は、胃液によってなぜ自己消化されないのか?」というきわめて素朴なことへの興味から研究がはじまって、どのくらいの歳月が過ぎたのでしょうか。

紀元前5世紀にヒポクラテスは、「人体は4種の体液、すなわち、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁からなり、病気はこの体液の量的なバランスが乱れることで発症する」という"4体液説"を提唱しました。しかし、実際に医学書に「粘液」という文字が登場したのは18世紀中頃のことです。実に2000年以上の時を刻んでのことです。
ヒポクラテスの4体液説
※ヒポクラテス:エーゲ海コス島に生まれる(BC460年)。科学的医学の父として業績を残した人物。
胃粘膜の構造と胃粘液層
<イメージ図>
胃は実に不思議な器官です。臓器の中で唯一外的刺激を受ける消化器官のひとつで、胃そのものは蛋白質でできていますが、pH1〜2の強酸性の酸や蛋白質を分解する酵素ペプシンなどを胃自ら産生するにもかかわらず、これらの攻撃物質や外部から取り込まれた傷害因子から胃を保護する力を具備しているのです。
胃において最も重要な防御因子として働くのが「胃粘液」です。胃粘液は、厚さが1mmにも満たない薄いベールとして胃粘膜表面を被い、最前線で胃を守っています。
20世紀に入ると胃粘液の防御作用に関する研究は一段と進み、現在までに膨大な研究報告がされています。そのうちでも今日の粘液研究の基となった画期的な研究は、1992年の「胃粘液層(ベール)が層状構造をしていることの証明」と1993年「胃粘液に対する種々のモノクローナル抗体の確立」です。
これらの報告は、今から10余年前に行われたことですが、その結果粘液層の存在とその重要性がクローズアップされ、その後の目覚しい研究成果へと繋がっています。
1例として、21世紀に入ってまもない2004年には、信州大学中山淳教授グループにより、ヒト胃粘液がもっているヘリコバクター・ピロリ菌の増殖抑制機構の本体が解明され、かの有名な米国の科学誌"Science" <Science 305:1003-1006,2004>に掲載されました。
バリアーとしての胃粘液層
<イメージ図>
胃粘液は、胃を守るバリアーの役割をはじめ、胃の健康に必要なさまざまな機能をもっています。
粘液は、胃粘膜の表面にある「表層粘液細胞」と胃の表面にある無数の穴の底に開口している胃腺に分布する「腺粘液細胞」で産生・分泌されます。
それぞれの細胞では、2つの異なった性質の胃粘液をつくり、分泌された粘液は交互に重なり合って胃粘液層をつくりあげます。
胃粘液層には、酸を中和したり、ペプシンを不活性化したり、いろいろな働きがあり、物理的・化学的なバリアーとしてなくてはならない存在なのです。
胃粘液と疾患の関係、胃粘液産生・分泌がどのように制御されているかなど、まだまだ解明されていない多くの研究課題があります。しかし、最近10年間のバリアーとしての胃粘液研究は目覚しい進歩を遂げています。
もし、胃粘液がなかったら?
第2章では、胃粘液の詳しい働きと胃粘液分泌に影響を与えるものについてお話します。
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